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サイトスピードとテレビの視聴率の不思議な関係

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サイトスピードが上がると収益が上がる。テレビの番組が面白いと視聴率が上がる。どちらも当たり前のように語られている。しかし、よく考えてみてほしい。サイトの表示が速くなったからといって、ユーザーの購買意欲が増すわけではない。テレビの面白い瞬間を視聴者が事前に知ることもできない。それなのに、なぜ「上昇方向」の因果関係が成り立つのだろうか。実はこの2つの現象は、 確率的にまったく同じ構造 を持っている。

サイトスピードとテレビの視聴率の不思議な関係


「遅いと離脱する」は直感的に分かる

サイトスピードが遅いとユーザーが離脱する。これはとても直感的だ。ページの読み込みを待てずにブラウザを閉じたり、別のサイトに移った経験は誰にでもある。通販サイトであればコンバージョンレートが下がり、メディアサイトであれば広告収益が下がる。

テレビの視聴率も同様で、番組がつまらなければ視聴者はチャンネルを変える。これも非常に直感的だ。わざわざつまらない番組を見続ける人は少ない。

「悪い体験 → 離脱」という因果関係は明確 である。

でも「速いと収益が上がる」は不思議

では逆に、サイトスピードが速くなると収益が上がるというのはどうだろうか。

冷静に考えると、これはかなり奇妙な主張だ。サイトの表示が速くなったからといって、 もともと欲しくなかったものを急に欲しくなるだろうか? ページが0.5秒速く表示されたから購買意欲が高まる、ということは普通ない。 サイトスピードと購買意欲の間に直接的な因果関係はない のだ。

テレビの視聴率も同じ構造を持っている。番組が面白いと視聴率が上がるというが、 視聴者はこれから面白い場面が来ることを事前に知っているわけではない。 まだ放送されていない場面が面白いかどうかを事前に知ることはできない。友人から「今この番組面白いよ」とリアルタイムに紹介されるケースもゼロではないが、極めて少数だろう。

つまり「良い体験 → 指標が改善する」という因果関係は、よく考えると 直接的にはつながっていない のである。

見えない損失 ― 観測できない離脱

見えない損失 ― 観測できない離脱

この謎を解くカギは、 私たちが観測できていない損失 にある。

サイトスピードが遅いことによって、ユーザーは何も言わずにサイトを離れている。問い合わせフォームに「遅かったので帰ります」と書いてくれる人はいない。アクセス解析ツールにも、 ページが表示される前に離脱したユーザーは記録されない ことが多い。

この「観測できない機会損失」が、実は日常的に大量に発生している。

サイト運営者から見れば、今ある売上が普通の状態に見える。しかし実際には、スピードの問題で離脱してしまった 「本来のお客様」が水面下で大量に失われている 。見えないからこそ、損失として認識されにくいのだ。

サイトスピードを改善すると何が起きるか

サイトスピード改善の2段階の因果関係

サイトスピードを改善したとき、起きていることは次の 2段階の因果関係 だ。

  1. もともと観測できなかった離脱が大量に存在していた — スピードが遅いことで、ページが表示される前に帰ってしまうユーザーが日常的に発生している
  2. スピード改善により、離脱するはずだった人の一部がサイトに留まる — ページが速く表示されることで、離脱の閾値を超えずに済むユーザーが増える

つまり、サイトスピードの改善は購買意欲を高めているのではない。 今まで離脱していた人を引き留めることで、もともと持っていた購買の可能性を実現させている のだ。

見かけ上の因果関係は「スピード改善 → 収益アップ」だが、実態は「大量の機会損失 → スピード改善 → 離脱減少 → コンバージョン機会の回復」という ワンクッションを挟んだ間接的な因果関係 である。

テレビの視聴率でも同じことが起きている

テレビ視聴率のメカニズム

テレビの視聴率にも、まったく同じメカニズムが働いている。

固定視聴者の離脱防止

まず「この番組を見よう」と決めてチャンネルを合わせた人がいる。この固定視聴者は、番組が面白ければ最後まで見続ける。逆に つまらなければ途中で離脱する

これはECサイトで「この商品を買おう」と決めて訪問した人と同じだ。サイトスピードが速ければ注文を完了するし、遅ければ離脱してしまう。

ザッピング層の取り込み

もう一つの重要な存在が ザッピング層 だ。チャンネルをコロコロ変えながらテレビを見ている人たちである。

彼らは どの番組を見るか決めていない 。しかし、あるチャンネルに切り替えた瞬間にたまたま面白い場面が映っていれば、 そこで手を止めて視聴を続ける 。番組が面白ければ面白いほど、この「浮動的な視聴者」がそのチャンネルに留まる確率が上がる。

これは通販サイトにおける 衝動買い と同じ構造だ。商品を見るだけのつもりだったユーザーが、たまたま良い商品に出会い、サイトが快適に動作していたおかげでそのまま購入を完了してしまう。サイトスピードが速いことは購買意欲を生み出したわけではない。 衝動買いの芽を摘まなかった だけだ。

結果として、番組が面白いと視聴率が上がるように見える。しかし実際には、「面白さが視聴者を引き寄せた」のではなく、 「面白さがザッピング中の視聴者を引き留めた」 のだ。サイトスピードも同様に、「速さがユーザーを呼び込んだ」のではなく、 「速さがウィンドウショッピング中のユーザーの衝動買いを邪魔しなかった」 のである。

2つの現象の対応関係

2つの現象の対応関係

この2つの現象を並べてみると、対応関係が明確になる。

サイトスピードテレビの視聴率
目的を持った層買おうと思って訪問したユーザー番組を見ようと決めた固定視聴者
浮動的な層ウィンドウショッピング中のユーザーザッピング中の視聴者
離脱の原因ページの読み込みが遅い番組がつまらない
留まる条件ページが快適に表示される面白い場面に出くわす
見かけ上の因果スピード改善 → 収益アップ面白い番組 → 視聴率アップ
実際の因果離脱予定者の引き留め浮動視聴者の引き留め

どちらも、 「良い体験が新しい行動を生み出す」のではなく、「良い体験が離脱を防ぐことで、もともとあり得た行動が実現する」 という構造になっている。

確率的な共通構造

この2つの現象を確率論的に見ると、共通の構造が浮かび上がる。

ある集団の中で、各個人が 「留まる」か「離脱する」かの二者択一の選択 を行う。その選択確率は体験の質(スピード、面白さ)によって変動する。体験が悪ければ離脱確率が上がり、体験が良ければ離脱確率が下がる。

重要なのは、 体験の質が直接的に成果(購買、視聴)を生むのではなく、離脱確率を下げることで間接的に成果を高めている という点だ。

これは 「生存分析(生存時間解析)」 と呼ばれる統計的フレームワークとも親和性が高い。ユーザーや視聴者がいつ離脱するかを時間経過に沿って確率的にモデル化し、体験の質がその離脱リスクにどう影響するかを分析する枠組みで、代表的な手法にCox比例ハザードモデルがある。

Cox比例ハザードモデルとは

Cox比例ハザードモデルは、ある事象(離脱、故障、死亡など)が起きるリスクに対して、複数の要因がどの程度影響しているかを推定する統計手法だ。もともとは医学分野で患者の生存期間を分析するために開発されたが、現在ではマーケティングにおける顧客離脱分析など幅広い分野で活用されている。サイトスピードの文脈では「ページ読み込み時間」を要因とし、「ユーザーが離脱するまでの時間」を事象として、スピードが離脱リスクにどれだけ影響するかを定量的に評価できる。

サイトスピードの改善は、面白い番組を作ることと同じ努力

こうして見ると、Webサイトの運営者がサイトスピードを改善するという行為は、テレビの制作者が番組を面白く作って視聴者の離脱を減らすという行為と、 実はまったく同じ種類の努力 だったことがわかる。

どちらも「良いものを作れば人が来る」という単純な話ではない。 普段から目に見えない形で発生している大量の離脱を減らし、本来あるべき成果を取り戻す という、地道だが確実に効果のある取り組みだ。

テレビ制作者は視聴者が離れないように番組の質を磨く。Webサイトの運営者はユーザーが離れないようにスピードを磨く。やっていることの本質は同じである。

見えない損失に気づくこと。それがサイトスピード改善の第一歩だ。