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サイトスピードと収益性の定量的な関係 - 最小LCPによる新モデル

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弊社ではサイトスピードと通販サイトの収益性の関係を定量的にモデル化することに多大な情熱を注いでいる。その成果を反映したアクセス解析ツールが Speed is Money だ。

このたび、関係モデルを大幅に改良した。従来のモデルでは説明しきれなかった現象がクリアに説明でき、サイトスピード改善時の収益性への影響も精度高く予測できるようになった。

結論から言えば、セッションの代表LCPとして「最小値」を採用することで、サイトスピードとCVRの関係が驚くほど明瞭になる。

LCPとINP

LCP(Largest Contentful Paint) は、ビューポート内の最大要素が表示されるまでの時間を測る指標。典型的にはファーストビューのメインビジュアル画像が対象となる。Googleが定めるCore Web Vitalsのひとつで、2.5秒以内が「良好」とされる。

INP(Interaction to Next Paint) は、ユーザーの操作(クリック、タップ、キー入力など)に対するページの応答性を測る指標。操作してから視覚的なフィードバックが得られるまでの時間を表す。同じくCore Web Vitalsのひとつで、200ms以内が「良好」とされる。

以下のグラフを見ていただきたい。これは実際の通販サイトにおける過去90日間のデータで、横軸に最小LCP、縦軸にCVR(成約率)をプロットしたものだ。

最小LCPとCVRの関係

グラフを見ると、LCPの体験が良かったユーザーではCVRが2%近くに達している。しかしLCPが悪化するにつれてCVRは急激に低下し、1秒を超えるあたりからほぼ0%に近づいてその後は横ばいになる。

サイト全体のCVRは0.51%だが、これは良いLCP体験をした一部のユーザーが売上を支えており、悪いLCP体験のユーザーはほとんどコンバージョンせず売上に貢献していないという構造を反映している。


従来モデルの問題点と解決策

平均LCPと最小LCP

従来のSpeed is Moneyでは、セッションのLCP代表値として平均LCPを採用していた。しかし平均値を代表値にすることには重大な問題があり、今回その問題を最小LCPを採用することで解決した。

セッションとはユーザーが複数のPVを体験する一連の流れであり、注文完了または離脱までのPVの連なりを指す。その中で各PVのLCPから平均値を求め、CVRとの関係をプロットしていたのが従来のモデルだ。

因果関係の逆転問題

LCPは同じユーザーの体験であっても、ページやタイミングによってばらつきが生じる。1回だけのPVでたまたま良いLCPが出ることがある一方、PV数が増えていくと平均LCPはどうしても悪化する傾向がある。これは平均値の統計的特性として避けられない。

通販サイトではある程度のPV数がコンバージョンに寄与するため、ここで因果関係の逆転が生じてしまう。

  • 本来の仮説: LCPが良いユーザーほどCVRが高い
  • しかし: コンバージョンにはPV数が必要
  • 結果: PV数が増えると平均LCPは悪化する

つまり、LCPが早いユーザーでも1回で直帰してしまった人の方が、平均LCPとしては良い数値が出てしまう。これでは「平均LCPが良すぎてもCVRが低くなる」という直感に反する現象が発生する。

新モデル - 最小LCPの採用

そこで今回考案したのが、セッションのLCP代表値を平均値ではなく最小値にするというアプローチだ。

最小LCPは体験へのハンディキャップを表す

一見すると直感に反するかもしれない。平均値の方がユーザー体験を代表しており、最小値を取るのはフェアではないように感じるだろう。

しかし、最小LCPは体験に対するハンディキャップを表すと考えると合理的な意味がある。

最小LCPが悪い = 不当に悪い体験を強いられている

例えば最小LCPが5秒のセッションがあったとする。これはLCPが5秒より早い体験が一度もできなかったセッションを意味する。1回で離脱したかもしれないし、複数ページを見たかもしれないが、いずれにせよ一度も快適な体験ができなかった。このユーザーは不当なハンディキャップを負わされており、離脱しやすくなるのは当然だ。

最小LCPが良い = オーガニックな体験

逆に最小LCPが小さいセッションは、全体の体験が優れていた保証はない。しかし少なくとも不当なストレスを与えられていないことを意味する。

これは「CVRが高くなる」というよりは、オーガニックな体験ができたと解釈すべきだろう。不当なハンディキャップを負わされなかったユーザーが、本来の購買意欲に基づいて自然に行動した結果としてのCVRだ。

最小LCPの解釈

  • 最小LCPが悪い = 不当に悪い体験を強いられている → ハンディキャップ → CVRが低い
  • 最小LCPが良い = 不当なストレスを与えられていない → オーガニックな体験・CVR

平均LCPと最小LCPの相関

「最小値と平均値では全く異なる指標ではないか?」という疑問もあるだろう。

実は最小LCPと平均LCPには非常に強い相関関係がある。以下はセッションごとの最小LCPと平均LCPの関係をヒートマップでプロットしたものだ。

最小LCPと平均LCPの相関

相関係数は0.9188と非常に強い相関が見られる。したがって、最小LCPを使っても平均LCPが持つ因果関係を受け継ぎつつ、先述の逆転問題を回避できる。

複数サイトでの検証

このLCPとCVRの関係は、たまたまこのサイトだけで見られた現象ではないかという懸念もある。

そこでSpeed is Moneyの関係性調査に協力いただいた14の通販サイトについて、同様のグラフを作成した。

14サイトのLCP-CVR関係

ほぼすべてのサイトで同様の傾向が見られる。 LCPが悪化するほどCVRは急激に低下していく。

一部サイトの左端の逆転現象

ただし、グラフの左端でCVRが逆に低くなるサイトがいくつか見られる(サイトA、C、Kなど)。これは先述の逆転現象と似た現象が起きている。

原因は明らかになっている。トップページや特集ページは比較的キャッシュが効いて表示が早い。広告や検索エンジンからこれらのページにランディングして直帰するユーザーは、LCPが良いにもかかわらず直帰率が高い。そのようなセッションが左側に偏ると、「サイトスピードが速すぎても収益性が低い」という歪みが見えてしまう。

INPでは逆転現象が見られない

Core Web Vitalsのもう一つの指標であるINPについても同様の分析を行った。

14サイトのINP-CVR関係

INPについては先述の逆転現象がほぼ見られない。INPが良ければCVRも良い、INPが悪ければ離脱してCVRが低いという関係が、より素直に表れている。

収益予測への応用

このLCPとCVRの関係を定量モデルとして、LCPを改善したらCVRがどれくらい良くなるかを予測してみたい。

予測モデルの構築

先ほどのグラフでは、セッションを10%ずつの階級に分割し、それぞれの階級でCVRを算出していた。ここにセッション数を書き加えると以下のようになる。

最小LCP・CVR・セッション数

セッション数はほぼ横一列で同じ値を取っている。これは10等分したので当然の結果だ。

シミュレーションの方法

もし全体のLCPを10%改善できたと仮定すると、各セッションのLCPが10%短縮される。すると、元々LCPの悪かった階級にいたセッションの一部が、より良い階級に移動する。

このセッションの再配分をシミュレーションし、再配分後のCVRを加重平均で計算することで、サイトスピード改善による収益改善を予測できる。

LCP改善によるCVR予測

緑のヒストグラムが10%LCP改善時のセッション再配分を示している。LCPが良くCVRも高い領域のセッション数が増加した。

計算結果: 10%のLCP改善でCVRは8.58%改善

注意してほしいのは、LCPが改善することで消費意欲が刺激されるわけではないということだ。現状では大部分のユーザーが遅いLCPというハンディキャップを負わされており、それがオーガニックなCVRを引き下げている。LCPが少しでも改善すると、このハンディキャップが緩和され、今まで見えていなかった機会損失を取り返すことができる。単純計算で8.58%の売上増加が見込めるという予測は、この機会損失の回収を意味している。

14サイトでのシミュレーション結果

同じ予測モデルを14サイトに適用した結果が以下だ。

14サイトのLCP改善シミュレーション

いくつかの発見がある。

  1. スピード改善に対するCVR改善は概ね線形
  2. サイトによって効果のばらつきがある
    • 15%改善で40%以上のCVR改善が見込めるサイトもある
    • 15%改善でも10%弱程度の改善に留まるサイトもある

中央値を見ると、15%改善時のCVR改善率は+13.181%、傾きとしては約0.88だ。

なお、LCP改善に対してCVR改善率が高いサイトは、それだけ現状のユーザーがサイトに対してストレスを感じている可能性が高い。伸びしろが大きいということは、裏を返せば現状への不満も大きいという解釈が成り立つ。

仮説

10%のLCP改善ごとに、約8〜9%のCVR改善が期待できる

実際にどれだけの収益改善ポテンシャルがあるかは、サイトスピードとコンバージョンを計測しないと具体的な数字はわからない。しかし計測を始める前の段階で、サイトスピード改善への投資判断における一つの見込みとしてこの数字は使えるだろう。

予測の注意点

このシミュレーションはかなり理論的な仮定に基づいている。すべての体験において一律の比率でLCPを改善できたという前提だ。5秒の人が4.5秒に、1秒の人が0.9秒になるという具合だ。

実際のサイト改善ではそこまで均一な改善は難しいが、それでもこのモデルには価値がある。

これまで「サイトスピードを改善したらどれくらい収益が上がるか」は、やってみないとわからないバクチの領域だった。 しかしこのようにLCPとCVRの関係を計測しモデル化することで、定量的な根拠のある収益向上の見込みを事前に計算できるようになった。

予測モデルの弱点と可能性

このモデルの弱点を挙げるとすれば、最もLCPが良い階級のCVR(今回は約2%)がサイトスピード改善でさらに上昇する可能性を考慮していないことだ。サイト全体が高速化すれば、すでに良い体験をしているユーザーのCVRも上振れする可能性がある。

しかし逆に言えば、この予測は過小評価しているということだ。少なくともこの程度の収益改善は期待できるという最低ラインを示している。予測から上振れすることはあっても、大きく下振れするリスクは小さい。

まとめ

最小LCPに基づく新しい関係モデルにより、以下のことが明らかになった。

  • 最小LCPはセッションの「最良の体験」を表す - 全ての体験が悪かったユーザーは離脱しやすい
  • 最小LCPとCVRには明確な相関がある - これは14サイトで共通して観測された
  • LCP改善の効果は定量的に予測できる - 10%改善で約8〜9%のCVR向上が目安

このシミュレーションやLCP/INPとCVRの関係性分析は、無料のアクセス解析ツールSpeed is Moneyで簡単に行える。サイトスピードと収益の関係に興味を持った方はぜひ試していただきたい。